僕の中で観ておきたかった映画、
見逃してはならない映画の中の1つが
映画『泣き虫しょったんの奇跡』で、
僕は時間を見つけて観に行こうと思っていたら
大手は終映が早かったような感じで
僕は見逃してしまい、
いま公開中の映画館の中から
キネカ大森まで足を運んで観てきました。
僕が行ったのは10月28日の日曜日、
この回は客席40席のスクリーンでしたが満席でした!
やはり僕と同じように見逃してしまった人が
多かった感じでしょうか!?
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さて映画を観て行く中で、
しょったんの小学生時代が映し出され、
名札の小学校名が一瞬“日限山”に見え、
あれっ?しょったん(瀬川晶司さん)って
もしかしてハマっ子?と思っていたら、
小学校の校門が映し出され、
しっかりと日限山となっていて、
ハマっ子だったんだ~と。
むかしの映画ですと
実話に基づく映画でも
架空の小学校名とかにしたりすることも
多かったようなイメージが僕にはあり、
ちょっとびっくり…。
それと瀬川晶司さんというお名前は
存じ上げていたのですが、
どういう人生を歩まれてきたのかまでは
僕は知りませんでした。
これは瀬川晶司さんだけのことではなくて僕は、
本業へのマイナスは徹底的に省く羽生善治さんの姿勢や、
『すべてを犠牲にしてでも』と
ストイックな生き方をした伊達公子さんと同じように、
僕も自分の夢を追うために
ストイックな生き方をしてきたので、
有名人や著名人、芸能人の中で
けっこう売れている人でも
僕は知らなかったりというのは多々あることですので
悪しからずご理解くださいませ。
さて、映画の話に戻して、
小中学校時代に通った将棋道場で、
その将棋道場の席主の工藤一男氏が
しょったんにこれからは毎回
振り返りをすることを命じ、
どこで指し手を間違えたのか
考える大切さを説いていましたが、
これ、将棋の世界だけでなく、
スポーツとかでも対戦式のスポーツでは特に
僕は重要なことだと僕は思っています。
それと将棋の世界では、
負けたときに『負けました』と言うのですが、
これって大切なことではないかと
僕は思ったりもしました。
負ける練習
受け身・負ける練習
柔道の基本は受け身
受け身とは投げ飛ばされる練習
人の前で叩きつけられる練習
人の前でころぶ練習
人の前で負ける練習
つまり、人の前で失敗したり
恥をさらす練習です
自分のカッコ悪さを
多くの人の前で
ぶざまにさらけ出す練習
それが受け身です。
長い人生には
カッコよく勝つことよりも
ぶざまに負けたり
だらしなく恥を
さらすことのほうが
はるかに多いからです。
そして
負け方や受け身の
ほんとうに身についた人間が
人の世の悲しみや
苦しみに耐えて
ひと(他人)の胸の痛みを
心の底から理解できる
やさしく暖かい
人間になれるんです。
そういう悲しみに耐えた
暖かいこころの人間のことを
観音さま、仏さま、と
呼ぶんです。
(相田みつを)
という相田みつをさんの詩があるのですが、
たとえばフィギュアスケーターの高橋大輔さんは
あるテレビ番組の中で
「ごめんなさい」が言えないことを露呈しましたが、
いくら負けず嫌いだとしても
人間形成上どうよ?と思っていたので、
将棋の世界の、負けたときに
敗者は「負けました」と言う世界、
そしてどこで間違ったのか振り返る世界は
人間形成上いろいろなことが学べる
大切な機会ではないかと
改めて思ったりもしました。
さて、この映画を観て、
想い出す話が
羽生世代トップ騎士の勝負学④
羽生善治名人
「人間は必ず間違えるもの」という信念
2割8分の負けを受け入れる
15歳で四段に上り、
棋士となった羽生は
プロ入り30周年を迎えている。
通算成績は14年度終了時点で
1309勝504敗、
勝率7割2分2厘。
勝ち星、勝率は圧巻だが、
504回敗れているのも
また事実である。
羽生であっても、
トップ20クラスの棋士と
技術的に大きな差があるわけではない。
4回に1回以上は
負けるのだ。
ボクシングのような一部のプロスポーツなら、
チャンピオンが8~9割も勝つことがあるが、
「頭脳格闘技」の将棋では
極めて難しい。
データが示している。
プロ入り前後、中学生時代は、
他の少年に比べて
ズバぬけた強さを誇っていた。
が、奨励会時代でさえ勝率が
9割を超えたことはない。
奨励会有段者と若手プロの
技術的な差はわずか。
新進気鋭の棋士とトップ棋士の差も、
それほど大きくはない。
紙一重の差が積み重なって、
タイトルホルダーと
奨励会員との大きな差になるのである。
筆者は30年ほど前、
四段昇段に向け白星を重ねていた羽生三段と
奨励会で対戦した。
当時の私は不調のどん底で、
三段から二段に降段
(規定により2勝8敗を連続すると
段級が下がる)していて香落ち
(上位者が左香を落とすハンディ)での対戦だった。
同期入会時、
羽生は私より5級下の6級、
その差を逆転された屈辱を晴らすべく、
研究した秘策をぶつけ、
優勢を築いたが、
粘られて千日手
(4回同じ局面が生じると無勝負で
初手から指し直し)に。
指し直し局も
序盤からかなり有利に進めながら、
表情ひとつ変えず指し続ける
羽生少年に粘られる。
「まさか逆転の妙手を隠しているのか」
疑心暗鬼になった私は
必勝形にもかかわらず、
相手玉の詰みを読み切るまで、
プレッシャーに押しつぶされそうだった。
勝つには勝ったが、
高揚感は乏しかった。
格下に取りこぼしを許した羽生少年は、
その後の対局をすべて勝利し、四段に昇段。
デビュー後まもなく全棋士成績中勝率トップ
(86年度40勝14敗、勝率7割4分1厘)に立つ。
驚異的な勝ち星だが、
半数近くは逆転勝ちだった。
後年、苦しい局面で相手を惑わし
逆転に結びつけるテクニックは
「羽生マジック」と呼ばれ、
恐れられた。
なぜそんなにうまく逆転できるのか。
そこには、
「人間は必ず間違えるもの」という信念がある。
だからたとえ劣勢でも慌てることなく、
冷静に戦いを進めていけば、
いつか相手がミスをするはず。
そんなミスを誘う一手が
「羽生マジック」だ。
そういうチャンスに巡り合うまで
淡々と将棋を指し続ける心の平静さをキープするのが、
彼のすごさだろう。
2割8分の負けを受け入れ、
紙一重の差を30年積み重ねることで、
デビューから高勝率を維持し、
タイトル90期という
前人未到の高みに到達したのだ。
(古作 登・大阪商業大アミューズメント産業研究所主任研究員)
※日刊ゲンダイ2015年4月29日号より引用
今回、この記事も紹介したのは、
スポーツにおいて体罰事件が起きる度に
その体罰事件の背景として
よく使われる言葉が
“勝利至上主義”という言葉ですが、
たとえば柔道の山下泰裕氏のような
引退から逆算して203連勝(引き分け含む)、
また対外国人選手には生涯無敗は別格ですが、
そういう別格以外の選手は
負けることもあるということ、
前述した羽生善治氏を以ってしても
2割8分の負けがあり、
そして『人間は必ず間違えるもの』ということを
多くのスポーツ指導者や選手も学んで欲しいことです。
映画『泣き虫しょったんの奇跡』からも
僕は多くのことを学べましたし、
また将棋の世界は多くのことが学べるチャンスがあるので、
義務教育の一環として組み入れ、
人間形成を作る1つの手として
活用されてみてはどうか?と
思ったりもしました。
さて、この映画を通じて
瀬川晶司さんの生きたストーリーを感じたときに
思い浮かんだ詩があるんです。
つまづいたおかげで
つまづいたり ころんだり したおかげで
物事を深く考えるようになりました
あやまちや失敗をくり返したおかげで
少しずつだが
人のやることを 暖かい眼で
見られるようになりました
何回も追いつめられたおかげで
人間としての 自分の弱さと だらしなさを
いやというほど知りました
だまされたり 裏切られたり したおかげで
馬鹿正直で 親切な人間の暖かさも知りました
そして……
身近な人の死に逢うたびに
人のいのちのはかなさと
いま ここに
生きていることの尊さを
骨身にしみて味わいました
人のいのちの尊さを
骨身にしみて 味わったおかげで
人のいのちを ほんとうに大切にする
ほんものの人間に裸で逢うことができました
一人の ほんものの人間に
めぐり逢えたおかげで
それが 縁となり
次々に 沢山のよい人たちに
めぐり逢うことができました
だから わたしの まわりにいる人たちは
みんな よい人ばかりなんです
(相田みつを)
この映画『泣き虫しょったんの奇跡』を観て
僕が感じたのは、
瀬川晶司さんは
瀬川晶司さんしか持ち合わせていない
バックグラウンドを持っており、
その経験は将棋の世界だけにとどまらず
多くの世界で活かされるような気がしてならないのです。
瀬川晶司さん、
ますますのご活躍を祈念いたしております☆
そして、僕はこの映画が観れたことに
感謝しております。
みなさんも何かの機会にぜひどうぞ。
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そうそう、最後に
映画のチラシに書かれていた
『負けっぱなしじゃ、終われない』
良い響きですね!
僕も負けっぱなしじゃ、終われないぜ!
そんな気持ちで生きています!
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